松下幸之助氏は2:6:2の法則に「ほとんどの人はあなたが嫌いな2割の人を意識しすぎている。それによって自分らしさを出せていない人があまりにも多すぎる」と言及しています。<あまりにも多すぎる>は実体験であろうと思う。他人があっての自分であり自分の在り方は他人とのかかわりで表現され自己の確立に寄与する。しかし一方でアドラーは「自分のことをよく見られたいという人は自分にしか関心がなく、人生が欲求していること、人間として何を与えなければならないかを忘れる」としています。<忘れる>としていることは本来、本当の自分に目を向ければ思い出すということである。何も学んだり、自己啓発をしなくとも自分を単に見つめればいいだけのことである。しかしそこで他人の言動が心の大部分を占めてしまうのも事実である。他人から投げかけられて傷ついた言葉などは頭の中で何度も繰り返され、ことあるごとに思い出しては憂鬱な気分になるものである。でも、そうしてしまっているのは自分であり、投げかけた他人ではない。他人が原因としている以上この呪縛はなかなか取れない。いつまでもいつまでも繰り返される。繰り返される時間は自分の命の時間を使っているわけなので何分もったいない。傷ついたのは自分であるから自分にどうして傷ついたのかを聞いてみるとよい。何かがそこには必ずあります。それが自分です。…4私たちと一緒に自己理解を深める時間をもちませんか。他人のために時間を割くのはそれからです。